鳥彦 個展 “メランコリック ポートレイト”


鳥彦 個展 “メランコリック ポートレイト”
2017年12月12日(火)~12月24日(日)
12:00-19:00 最終日17時迄

アーティストステートメント
 写影室に入った時、かすかに湿った空気が顔をなぜた。天井近くにある小さな窓から、黄色がかった日差しがホコリを照らし出している。「ずいぶん洒落た格好をしてきたんだな。」と、先に来ていた彼に声をかけた。
「まあ、こんな時くらいはなあ。」気のないそぶりで彼が返した。
 画家が肖像画を描いているあいだ、じっとしながら彼はどんな顔をして動きを留めているのかを考えていた。

アーティストHP

http://magatu.karakasa.com/

「新たな環境の変化に適応できたものが生き残る」
 展示にあたって、私はダーウィンのこの言葉をまず思い出した。技法などについての言及は過去にも触れているのでここでは割愛し、描かれている鳥人について人間と比較しながら少し考察したい。
哺乳類の大多数は二色型の色覚しかもたないといわれている。今から約3,000万年前に一部の哺乳類が第三の色覚を得て、赤と緑を区別できるようになり、森の中から果実を見つけやすくなった。これが霊長類の始まりであるが、時計の針をさらに進めると約600万年前に、アフリカ大陸ではマントルの上昇熱が発生した。やがて大陸の中央が隆起していき、熱帯雨林を経てサバンナが生まれた。霊長類のある者は木を降りて、二足歩行を始めた。これが人間の始まりだ。そして私は彼の描く鳥人が、地面に降り立ったのはつい最近のことだと考える。
 さて、鳥彦という作家は人間で、彼の描く鳥人たちの世界はメゾチントの特徴あるモノクロームで生み出されている独創性ある物語だ。異なる世界で独自の進化を経てきた鳥人は少し作家の手から離れて急速に進化しつつある。現在の彼らはとても知的な一団であり、その中でたくさんの仲間や敵もいる。神になろうと画策している者すらいる。私が見始めた初期の頃の鳥人たちは、Cosmic Egg(2011)に示されるように誕生したてのほんの赤子たちに過ぎなかった。背景もまだ洞窟の内側のような閉塞的な環境が多かったし、なんとなく内側の胎動を感じさせるものだった。人はどこから現れたかはわからないが、鳥人のルーツは作家から生み出されたことに間違いない。時を経て、モノクロームを中心にしながらも少し色の知覚も備わり、表現の幅である次元も増え、鳥人の系統樹が拡がっていく。 
 環境の変化という苦境に対応するため、人間は脳が大きく進化させ、協調や競争を経て試練を乗り越えてきた。鳥人たちは人っぽくありながら、“眼”を進化させた。対峙する者に心を読まれないために、そして騙されないように神経を尖らせ観察をし、危機を乗り越えてきたのだろう。
 作品は作家自身の投影であるとはよく言われる台詞だが、これは彼の場合にも例外ではない。でもひょっとすると鳥人の自立した部分も表れてきているように思う(作品の楽しみ方として)。時代に適応できなかったものは生物のみではなく物もたいてい滅ぶ運命にあるように見えるが、本当にそうだろうか。今後の人間の運命は誰にもわからないが、この鳥人たちは自分たちの創世記を創っているのだろう、それもそろそろ第二章に至っている、我々とは違った世界へ向かうための苦難の旅路だ。作家の生み出す創作物は、作家の手から離れて人を介して世に出て行く。受け取り手はまさに多様であり、鳥人という偶像めいた表象を嫌う者もいれば喝采をもって受け入れる者もいるだろう。それも我々にも誰にもわからないが、進化の速度が早ければ世代時間も短くなることの示唆は知見として、暗い暗示としても存在する。ただひとつ言えることは、版画作品の中に生きることは、世の変化に比較的影響を受けにくく存在し続けられるということだ。

 GALLERY TOMO年内最後の展示となります。慌ただしい暮れ行く師走の季節となりますが、年末に至る2017年最後の刹那のひとときを皆様と作品とともに共有できましたら幸いでございます。どうぞお運びくださいませ。

GALLERY TOMO 青山 知相